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2010年
5月16日(日)

■……企業理念 VS 企業文化 −その1

もう5月の連休明けというのに、暖かくなったり寒くなったりの日々が続きますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

さて、企業が成長・発展するには「企業理念」が重要だとはよく言われることです。ところが、私は密かに「企業理念」よりも「企業文化」のほうがより重要ではないかと考えています。
今回はそのあたりのことを考えてみたいと思います。

(「なんでもやります」もけっして悪くない)
先日、ある町工場にヒアリングにいきました。その工場は「尖ったところがない」いわゆる普通の工場です。いまの時代、こういう工場は特徴を見いだしにくく、生き残ることが難しいという話もよく聞きます。話を聞いたのは2代目の専務さん。話を伺っているところでは業績はまずまずで、さほど悪い話はありませんでした。その専務がいうには、「何でも断らずにやること」が重要ということでした。私はこういう質問を投げかけました。「技術的に尖ったところがないと生き残りが難しいと、よく言われているがどうなのか?」。これに対しては、「よほど尖っていれば別であるが、中途半端に尖っても、かえって営業窓口を狭めるのではないか」ということでした。
何でも断らずに対応するというのは、経営の専門家からみれば、「企業理念や戦略はどうなっているのか?」と問われそうです。

(小さな事業体の経営理念とは?)
私は正直に言うと、小さな企業はそれほど厳密に企業理念にこだわる必要はないと思っています(もちろんこだわってもいいのですが)。その理由を述べてみたいと思います。
一般的に、企業理念を検討する際には、「自社の現状がどうなっているか?」というところを基点とします。この現状分析というのがクセもので、とくに創業間もない企業はそうですが、「現状の熟度が高くない」ということがあります。どういうことかといえば、「現状を分析するには厚みに欠ける」ということです。
そうするとまず、現状に厚みを持たせるだけの、行動量が必要ということです。

(「根性」という泥臭い世界)
将棋の世界で有名な羽生善治名人(2010年5月現在)が、以前に「弟子を取るとすればどういう人材が望ましいと考えるか?」という質問に対して「根性のある人間」という趣旨の回答を寄せています。これにはたぶんですが、多くの関係者が意外に思ったと想像できます。というのも羽生名人は、以前に将棋界で主流であった、終盤重視の考えや、将棋と人生を同一視する考え方を否定し、ドライな考え方と目されていたからです。
話は変わりますが、最近ある雑誌を読んでいると、企業の人事担当が求める人材も結局、「根性のある人間」や「泥臭い人間」という記事が出ていました。根性や泥臭いという表現は、私も感覚的に共感できるところが多いです。
しかし、一方で将棋界に限らずですが、「私の生き方」や「私のやりたいこ
と」、「私のスタイル」を追求したり、押し通そうとする人たちもいます。そう
いうところも全てが否定されるべきではありませんが、何かしっくりこない気がします。
たぶんですが、しっくりこない最大の原因は、「自分のできないこと」「自分が知らないこと」に対する畏敬の念のようなものが感じられないからだと思います。

(「理念」も大事だけれど「文化」も大事)
あまりに「理念的になりすぎる」というのは企業においても個人においても、少しの留意が必要ではないかと思います。
私自身は、中小企業(とくに零細)でいえば理念も大事ですが、それより「(企業)文化」のほうが大事ではないかと思っています。ここでいう企業文化とは、芸術とかそういう意味の文化ではなく、たとえば2つの選択肢がある場合、「ほぼすべての構成メンバー(社員)が、たぶん社としてはこっちを選ぶんじゃないか」という相対的な雰囲気のようなものです。

次回は、企業文化についてもう少し掘り下げてみたいと思います。


 







 
 
    ※写真は全てイメージです
(文:与那嶺 学)
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