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2010年
1月16日(土)

■……未来に向けて投資をしよう!

1月もあっという間に半分過ぎています。
実は1年の1/24(24分の1)が終わります(当り前か)。

景気悪いよなー、タイヘンやよなーという声が相変わらず、あちこちで聞かれます。
この対処は難しいですね。
今回は「今」ではなく「未来」のことについて書いてみたいと思います。

あー受注がとか、あー資金繰りがとか、私も世間の経営者と同じように悩んだりしています。

そんな「今」の課題と別の課題があります。「10年後、自分が手がける仕事のアウトプットが枯渇するんじゃないか?」という不安です。
仕事の関係上、「今の情報」や「産業経済の情報」は熱心に集めますが、それ以外の勉強はほとんどフォローできていません。

たとえば哲学や現代思想などは、全然理解できていません。
そういうことを考えていると、「自分には古典の理解がない」ことに気がつきます。
いろんな試行錯誤のなかで、長く生き続けている文献や作品、これを仮に古典と言い換えれば、その古典の知識が非常に乏しい状況なので、日常の中からなんとか時間を割いて、気になる文献をフォローしていきたいと考えています。

10年間でどの程度フォローできるだろう。う〜んっ、難しい。可能な限り日常的に2時間ぐらいはそのための時間を作りたいと思っています。

当面気になっていることが3つあります。
一つがクラシック音楽がなぜ生き続けているのか?ということ。それも最近の作品ではなく、1900年あたりより以前のものです。年末か年始に新聞でピアニストの中村紘子さんの記事が出ていましたが、最近の作品は演奏機会があまりない、最近の楽曲を演奏しても、奏者に充実感があまり感じられないからではないか、という趣旨の内容でした。なるほどなぁー、という感じです。断っておきますが、別に私はクラシック音楽通になりたいわけではありません。
二つ目は現代アートが生まれたプロセスです。これも別に現代アート通になりたいわけではなく、印象派などの作風からセザンヌや、マチス、ピカソ、カンディンスキーなどの抽象を経て現代アートが生まれたプロセスを知りたいということがその主旨です。
それから
三つ目が1900年あたりのロシアの文化芸術に関することです。

ほかにも気になることはたくさんありますが、とりあえずはこういうところです。

ロシアについてはかつて社会主義体制が敷かれ、いまは全く別の経済体制になっています。
その間、経済的にはたいへんだった時期もあったようです。
政治や経済体制がいろいろと変遷しましたが、ロシア文化は音楽、文学など、1900年あたりに魅力的なアウトプットがたくさん出ています。チャイコフスキーやチェーホフなんかの時代ですよね。それから1910〜30年あたりは「ロシア・アバンギャルド」と言われた文学・音楽・絵画・デザイン・建築など多くの芸術運動がありました。

なんか論理的な説明が難しいのですが、ロシアは気候的に厳しかったり経済的に厳しかったりした時期もありますが、そういうものを潜り抜ける「基底」のようなものがあるような気がするのです。

その「基底」は文化的なものと関係があるのではないか、そういう気がしています。

クラシック音楽、現代アート、ロシアといった「問い」が今の私の関心ごとで、こういう「問い」に出会うことをとても楽しく感じています。
 
この10年間、いやさしあたってこの1年間、どういう「問い」が私の前に現れるか、たいへん楽しみです。

 









 
 
※写真はすべてイメージです。



 
 
 
(文:与那嶺 学)
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