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2009年
11月1日(日)

……ロールモデルなき時代の労働者像

  私が下町生まれ・育ちであることは、以前このコラムでも触れましたが、もう一度いうと大阪市大正区というところです。生まれたのは1964年(昭和39 年)です。
  私が中学生くらいの時は校内暴力などが騒がれていた時代でした。中学で荒れていた生徒も、卒業して働くようになると真面目に働く人も少なくなかったように記憶しています。
  たとえば勉強は嫌いだったけれど自動車が好きで、整備工場で働くようになったとか、運送業の仕事に就いたとか、料理の知識があって飲食店で働くようになったとか、溶接工になったなどです。この時代(主に80年代)は勉強が苦手でものめり込むようにして仕事を覚えていき、気が付けば組織の中でしっかりポジションを得ていた、という話はそこら中にありました。いま思い出すといい時代だったということになりますが、こういう成功例は勉強が苦手な人への励みへもなったように思います。
  また、友達含めた周囲も若くして働くことが精神的に不安定になりやすいと何となく感じることもあってか、理解があったようにも思います。

(働く先輩のロールモデルが見出しにくい時代)
  最近の20代の人が保守的になっている、という話が新聞・雑誌でよく出てきます。30代の未婚者が多いということはいまや常識になっていますが、この状況を20代が反面教師にしているという指摘もありました。そういうこともあってか、学生含む20代の人で早く結婚したい、あるいは女性なら専業主婦を希望する人が増えているそうです。
  なんだか仕事も恋愛も椅子取りゲームの様相を呈している感じがあり、社会が厳しい状況であるという印象があります。いまは「普通に働く」とか「普通に生活する」といったところで、“じゃー普通っていったい何なんだ?”と聞かれても困るような時代になっていると思います。
  20代・30代の多くの人が手の届くような、「この人のようになりたい」と思えるようなモデルがなくなっている感じがします。

(【カツマー VS カヤマー】の議論から)
  いま経済評論家の勝間和代さんと精神科医の香山リカさんが雑誌「AERA」等で論争していて、話題にもなっているようですが、私も興味深く見ています。私は勝間和代さんという方をほとんど知らないのですが、著作が多数あったり公認会計士の資格をもっていたり、子どもを育てたりスポーツジムにいったり印税を NGO活動に寄付したりと、“なんだかスゲー人だなぁー”という印象です。たぶんですが、勝間さんには悪気はなにもなく、「勝間さんのような人になるには何をやったらいいの?」と聞かれて素直に答えているだけではないかと思うのですが、香山さんは著書「しがみつかない生き方」で勝間さんをロールモデルとして社会が扱うことに異論を唱えています。
  このような話は勝間さんの例に限らず、「イチローと同じような練習をしてもイチローになれる人はほとんどいない」、あるいは「誰でも勉強すれば東大に入れる可能性があるけれど、実際には東大の合格者数しか東大に合格する人はいない」のと同じだと思います。論理的な可能性と現実の間には相当のかい離があるもんですよね。だからこそ、10代終わりくらいの時分に「ミュージシャンになりたい!」などと唐突に親・兄弟に宣言しても、みんなして引き留めに入ることになるんですよね。

(リスク社会を生きる)
  私が冒頭でふれた下町の牧歌的時代の話は、社会が縮小するということを誰も想像しなかった時代の話です。この時代は「真面目にコツコツ」が自分のキャリアとして積みあがるような時代でもあったわけです。ところが最近では、「経営的には成り立っていたけれど、会社の資本を外資が保有していた」ようなところから、職を失うような事態も出てきています。こうしたことが連鎖して、いまや膨大な需要不足の経済状況になっているようです(需要不足にはもちろん他にも原因はありますが)。
  以前より、はるかに多くの人がある日突然会社がなくなる・職がなくなるといったリスク社会に生きています。

(リスク社会を一人で生き抜くことは難しい)
  本当はこうしたリスク社会であっても、自己責任で生き抜くことができればいいと思いますが、なかなか難しいと思います。したがって、リスク社会を生き抜くためには、(政府によるセーフティネットの議論を別にすると)信頼できる人を見つけ出し連帯していくことが必要だと思います。ところがいまの時代は、私には連帯とは逆の、分断の方向に進んでいるように思えます。この理由はいろいろあるとは思いますが大きな理由としては、「自分のチカラで椅子を取りに行く」ことを諦めていない人がまだまだ多いからではないかと思います。もちろん自力本願で椅子を取りに行く姿勢を多くの人が持ち合わせていなければ、社会が機能しないのですが、「それにしては椅子を確保できそうにない人が多すぎる」ような雰囲気が我々生活者を不安にさせています。

 こういうことをつらつらと考えていると、保守的であると指摘されつつも、家族や友達を軸にした「狭い人間関係を大事にする」傾向がある、いまの20代の人がこの先健全な新しい世代層になっていくのではないかと、私は少なからずの期待をしています。


 



   



 
 

※写真は全てイメージです
 
(文:与那嶺 学)
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