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2009年
4月1日(水)

……「商売人」、「親方」、「経営者」−その(3)−

 前回は、商売人タイプの起業の道筋、親方タイプの起業の道筋をみていただき、必ずしも企業として大きくなることがいいとは限らず、「生存」することが大事では、との内容を書いています。

 今回は、私が考える「生存するのに重要な視点」について書いてみたいと思います。

(ディテールを語るということ)
 いい意味で零細な規模であれば、つぶれにくい、いいかえると生存し続けやすいというメリットがあります。生存しやさという視点で見ると、「過大な規模」はリスクが増大します。
では「過大な規模」を避けることは、組織を縮小することとイコールなのかどうなのか。同義なところもありますが、単に規模を縮小するというだけでなく、経営者(起業家)そのものが、プレーヤー志向を強めることがいまの時代では必要ではないかと思います。

 経営者の仕事は、組織全体の方向性や市場の方向性を考えることである、とい
う発言はよく見聞きします。
しかし、いまこの時代に、「(社会や経済の)大きな方向性を見誤らない」というのは、相当難しい話だと思います。たとえば景気の回復時期ひとつをとってみても、専門家の間でかなり見解も異なります。
ある人は2年程度で回復に転じるといいますし、別の人はもっと長期を要するといいます。
起業家や経営者は、預言者ではありませんので、そもそも「大きな方向性を見誤らない」というのは、過度に期待しない方が聡明だろうと思うのです。

 そういう“大きな方向性”よりも、私は圧倒的なディテールがこれからは大事だと感じています。
ここでいうディテールとは、営業の現場で受注の交渉にいそしむ、あるいは妥協を許さない制作物・製品を生産することなどです。
そこで徹底して細部にこだわることが時代の先に光を照らすことにつながるだろうと思います。

(リアリティはディテールから生まれる)
 いまは、金融危機に端を発した世界同時不況にあるといわれています。
そこでは生活者のレベルではちょっと想像のつかない大きなお金が動き、「オレら何も悪いことしてへんのになぁー」といいながら、この不況に巻き込まれてしまっています。

 そういう反動もあってか、たとえば「農業」なんかに注目が集まっています。
また、野心をもつのもいいけど、等身大でもええんとちゃうん、的な生き方も模
索されているようにも見えます。
私は個人的にはこうした世の中の動きは悪くないと思っています。
ただ、なんでもそうですが、遠くから眺めるのと実際に渦中に入っていくのとでは、映る像は大きく異なります。
リアリティは、渦中に入らなければ見えにくいと思います。

 たとえば、無人島で食べ物を探すとき、人間3つのタイプがあるように思います。
一つは、つぶさに食べるものを探すタイプの人、
二つ目は“あっちに行けば食べ物があるらしい”と全く動かないタイプの人、
三つ目は人が採ってきた食べ物をひたすら食べている人。

 社会を構成するには、もちろん3つすべてのタイプが必要です。
ただし、“先が見えにくい”という世の中では、一つ目の“つぶさに食べものを探すタイプの人”が求められます。

 繰り返しますが、いまの時代は経営についてあれこれ考えるよりも、自分の眼で見てみる、触ってみるタイプの人が必要です。
商売人タイプの起業家は、必要とされているもの(商品)、忌み嫌われているもの(商品)をじっくりみてみる、考えてみる。
親方タイプの起業家の人は、制作・製作に没頭して仮説(試作や作品)を提示する、そのフィードバックを得て自分の頭で考えることが重要になるだろうと思います。

 案外、起業家や小規模な事業所が閉塞感に風穴を開ける世の中が来るかもしれ
ません。

 
 
 
 
      
  
  
  
(文:与那嶺 学)
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