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IM与那嶺のコラム   IM奥田のコラム
2008年
2月1日(金)

……地域コミュニティの再生ははたして可能か(1)

 いま、「地域コミュニティ」があらためて注目されています。政府も財政が縮小するなか、財政支出による地域再生だけでは限界があるとみて、地域コミュニティ再生の必要性を指摘しています。この議論に入る前に、地域コミュニティが希薄化した原因について少し考えてみたいと思います。

(「崩壊」か「捨てた」か?)

 地域コミュニティというと、「昔はあったが今はなくなった」とか「地域コミュニティは崩壊した」という言われ方をしますが、作家の村上龍によると、日本の経済成長の過程で多くの日本人の主体的な意志によって捨ててきたもの、というニュアンスの発言をしています。要するに経済合理性がなくなってきたために、地域コミュニティの必要性が薄れてきたという指摘です。これは非常に重要な指摘だと思います。
豊かさと引き換えに、我々は大事なもの(地域や地域コミュニティ)を失った、という表現は問題のすり替えのようにも思えます。これは良識に欠ける「世間」や「社会」を犯人として特定するニュアンスも感じます。

 おそらくそうではなく、核家族化も共働きも経済合理性の上になりたったことらしい、ということです。 こうした結果、近所の人にお願いするというよりも、買えるサービスはお金を出して購入する、ということをわれわれ日本人は選択してきたともいえます。

(昭和の歌謡曲、フォークソングから)

 かつて(といっても昭和30〜50年代あたり)は地方や地域のコミュニティは、若い人にとって、非常に息苦しいものだったと想像できます。
これらを示すものとして、当時の“うた”があげられます。

たとえば、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」。
♪♪恋人よ〜 僕は旅立つぅー 東へと向かう列車でぇー ♪♪・・・。
また、チューリップの「心の旅」。
♪♪あーだから今夜だけはぁー 君を抱いていたいー あー明日のいま頃はぁー 僕は汽車のなかぁー ♪♪・・・。
そしてタイトルもそのものズバリ「東京」、マイペースというグループが歌っていました(私の記憶では、敏いとうとハッピーアンドブルーもこの曲をカバーしていた)。
♪♪ 最終電車で君にさよならぁー いつまた会えるか・・・・(略) 東京へはぁーもう何度もいきましたねぇー ♪♪・・・。
そうそう、この時代の歌には、最終電車、最終列車、最終バスなんかがやたらと歌詞の中に出ていた記憶があります。

という具合に、大都市は、若い人の可能性を試すための、なくてはならない存在だったようです。そしてその反面、地方や地域の共同体は可能性の芽を摘む象徴のようなものだったかもしれません。

(「相互扶助」と「お金を出して買えるサービス」の間)

 多少、乱暴なロジック(理屈)ですが、上記のようなことを考慮すると、地域コミュニティの再生には、コミュニティが若い人々の「可能性を高める装置」になる必要があるようです。それは、コミュニティや共同体があるので、こんなことも実現できる可能性がある、というようなものです。

 最近のコミュニティ再生の議論は、相互扶助(あるいはその精神)など、かつてあったものを取り戻そう!という論調が多いように思います。しかしながら、否定するわけではありませんが、これはそう簡単ではなさそうです。というのも、ここ最近の凶悪事件にみられるように、他人との距離の測り方がさっぱりわからなくなっている時代でもあるからです。このように他人との距離の測り方がわからない時代に、そう簡単に相互扶助を実現することは容易ではありません。

 たとえば地域コミュニティの組織としてまず思い浮かぶ自治会を例にとっても、加入率は下がる傾向にあるようです。都市部ではマンション居住者が増加していることが大きな理由かもしれません。こうしたことからも、相互扶助の関係をつくろうにも、どの単位で集まるか、議論するか、さえも難しい時代になったように感じます。

 したがって、現代は「相互扶助」の関係をつくることも難しく、かといってお金を出してサービスを購入することも限界がある、そういう時代になったということです。

 (つづく)

 


※写真は全てイメージです。
 
(文:与那嶺 学)
 
2008年
2月18日(月)

……地域コミュニティの再生ははたして可能か(2)

 前回は、地域コミュニティが希薄化した原因について考えました。
ではそもそもコミュニティの再生は可能なんでしょうか、また、仮に可能であるとすれば我々は何を考えなければならないでしょうか。本音をいえば、私には全くわかりません。

(まず、フラグ(旗)を立てる)

 地域コミュニティは、地域住民と組織・団体から構成されています。ところが住民を例にとって見た場合、「地域に住んでいる」という以外の属性はほとんどわかりません。どんな暮らしぶりかも見えてきません。これを互いに分かり合おうというのは、理想はそうありたいですが、やはり現実は難しいと思います。

 それでもこんなことが経験的にあります。いくつかの商店街の話ですが、寂れている、活性化が必要という議論がある一方、夏祭りのようなイベントでは、こんなに人っていたけ?というくらい人が集まることがあります。また、当インキュベーションセンターで毎月開催されている「サビーナフェスティバル」で行われるアンサンブルコンサートでは、近隣の方々が多数こられます。音楽好きの人が多かったんだと改めて驚きます。

 よく「地域のニーズを探る」という表現をみかけますが、ニーズを探るのはそう簡単ではありません。困っていることを人に相談することは難しく、また欲しいサービスというものも「レンタルビデオ屋が近くにほしい」などを除けばそう簡単に思いつくものではないからです。

 そもそも不足しているものをなんとか充足させていく、という発想に無理があるような気もします。もちろん諦めてはいけないと思いますが、これを民間や市民のパワーに大きく期待することは限界があるでしょう。その点先の商店街の夏祭りやサビーナフェスティバルは面白いことをわれわれに示唆しています。それは、地域の中でフラグ(旗)を立てる、という行為を民間人(あるいは集団)が自発的に行っている点です。

 このフラグには、「あなたも来てくれていいんですよ」という隠れた“許容”のメッセージを読み取ることができます。地域の中でこうしたフラグがたくさん立つ状況になることを期待したいと思います。分数でいえば、分母が増えてくると分子もそれに伴い残ってくる、その意味でも数は重要な要素になります。

 先に地域コミュニティの再生には、コミュニティが若い人々の「可能性を高める装置」になる必要がある、ということを述べました。可能性を高めることの多くは、失ったものを取り戻すことではなく、個人一人ひとりの可能性にプラグが差し込まれるような感じのことだと思います。つまり、ゼロをプラスに持っていくような活動が主になると思います。たとえば音楽もそうでしょうし、スポーツ、それからロボット製作のような科学の世界もそうだと思います。

 また若い人ではなくても、生活が満たされる、豊かになる、そういう活動が地域で展開されている状況が重要になると思います。

 誤解のないようにいっておきますが、私は地域のなかの貧困や介護などの問題(マイナスをゼロにしていく課題)が重要ではない、ということをいいたいわけではないのです。こういうことは重要なことではあるけれど、一人や少数の地域住民の発意に頼ることは難しいということがいいたいのです。

 貧困や介護の問題を地域でどうするかということについては、改めて考えてみたいと思います。





 


〈蛍池納涼祭〉
 
〈サビーナフェスティバル〉
 
〈とよなかインキュまつり2007〉
 
(文:与那嶺 学)
 
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