― お店をはじめてどのくらいになりますか?
大正初め頃と聞いています。私で3代目、私になってからは38年。
長い歴史のあるお店、善利畳店さん。
昔は能勢方面に出かけていったりの出仕事もされていたそうです。
現在、仕入れから注文・仕上げまでを行っていらっしゃいます
― 蛍池≠ノついて伺いました。
関西空港ができてから、この辺りの人通りが変わってしまった。今までだったら蛍池で降り、
大阪空港まで歩いていく人達でにぎわっていた。今では阪急とモノレールの乗り換えるだけの駅、
単なるターミナル駅になっている。
関空ができてからというもの、人通りも少なくなり、商店街の活気がなくなっていった。
飲食店や喫茶店・金物屋さんなどのお店があったが、今では少なくなってしまった。
その後ルシオーレができたことによって、さらに蛍池≠ヘ変わったようです。
もともとの地元の人が少なくなったそうです。この辺りは梅田に近いので都会ではあるけれど、
農業をしている人もたくさんおられたようで、今住宅が建っているお店付近や西町もかつては
田んぼ。しかし今やその田んぼもなくなり、住宅が建ち並んでいます。そして駅前にはルシオーレ。
そのルシオーレにも地元の人は少ないようです。
以前のように人で賑わい、活気のあった街が良かったです、とお話下さいました。
― 最後に、このお仕事でうれしかったことは何ですか。
やっぱり、お客さんに喜んでもらえることやね!
それぞれ業種・職種が違っていても仕事に携わっている方の大半はそう話されます。
皆さん、喜んでもらえるのが何より!このことが一番であり、それがまた頑張ろうという気持ちになってくるのかもしれませんね。
仕事中にもかかわらず、お話いただきありがとうございました。
今の住宅事情は昔と違って、畳の部屋が少なくなってきています。
マンションでは畳の部屋が1室あるかないか、戸建でも1室ぐらい。2階があればもう1室あるくらい、だとか。食の欧米化と言われている最中、食と同様、住居もだんだんと変わりつつあるんだなぁと思いました。
畳の積まれた場所で取材をさせていただきましたが、その畳を見て懐かしいと思った自分がいました。私自身も少なからずとも時代の流れやその影響を受けているのだと痛感いたしました。しかし、畳やその香りでホッとした気持ちになるのはやはり日本人!
改めて認識した時でもありました。
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(取材:2007年6月15日 中西) |